スコットランドの北ハイランド地方、北海に面した静かな沿岸の町ブローラ。この地に、世界中のウイスキー愛好家やブレンダーたちから熱烈な支持を集める蒸留所があります。それが「クライヌリッシュ(Clynelish)蒸留所」です。
世界で最も売れているスコッチ「ジョニーウォーカー」の重要な原酒(キーモルト)として活躍する一方で、シングルモルトとしても他にはない唯一無二の個性を放っています。
今回は、トレードマークである「山猫」の紋章に隠された歴史と、ウイスキー用語で「ワクシー(蜜蝋のような滑らかさ)」と呼ばれる独特の味わいを生み出す、クライヌリッシュ蒸留所の秘密に迫ります。
我が家の晩酌ノオト:長男と語る、ハイランドの山猫
週末の夜。書斎でウイスキーのテイスティンググラスを傾けていると、帰省中の長男が部屋を覗き込んできました。
クライヌリッシュ蒸留所:3つの大きな特徴と歴史
1819年に創業したクライヌリッシュ蒸留所ですが、現在私たちが飲んでいるボトルが造られているのは、1967年に新設された「新蒸留所」の方です。この蒸留所を語る上で欠かせない3つのポイントを紐解いていきましょう。
1.伝説の「ブローラ蒸留所」との数奇な関係
実はクライヌリッシュには「旧蒸留所」と「新蒸留所」が存在します。 1967年に最新設備の「新クライヌリッシュ蒸留所」が建てられた際、元の古い蒸留所は一度閉鎖されました。しかし、その後アイラ島での深刻なピート原酒不足を補うため、古い蒸留所は「ブローラ(Brora)」と名前を変えて再稼働し、ヘビーピートのウイスキーを造り始めました。現在、この「ブローラ」は幻のウイスキーとして世界中のコレクター垂涎の的となっています。クライヌリッシュは、そんな伝説の蒸留所と隣り合って歴史を歩んできた兄弟なのです。
2.最大の個性「ワクシー」を生み出す秘密のタンク
クライヌリッシュの代名詞である、蜜蝋のようなオイリーで滑らかな「ワクシー」な質感。この秘密は、蒸留工程で使われる「フェインツ・レシーバー」というタンクにあると言われています。 蒸留して集められた液体を一時的に貯めておくこのタンクの中には、長年の蒸留作業によって自然に発生した「ワックス成分(蝋状の物質)」が蓄積しています。クライヌリッシュでは、この成分が独自の滑らかな風味を生み出す要だと考え、あえてタンクの中を徹底的に洗浄しすぎないという伝統を守り続けているのです。
3.「ジョニーウォーカー ゴールドラベル」の心臓部
クライヌリッシュの原酒は、そのリッチな蜂蜜の甘みとワクシーな滑らかさから、ブレンダーたちに非常に高く評価されています。 特に有名なのが「ジョニーウォーカー ゴールドラベル リザーブ」のキーモルトとしての役割です。ゴールドラベルの持つ、あの華やかでクリーミーな甘さと奥行きは、まさにクライヌリッシュの原酒が骨格となって支えているのです。
蒸留所の魂を宿すフラッグシップ「クライヌリッシュ14年」
蒸留所の個性を最も純粋に、そして手軽に体感できるのが、オフィシャルボトルである「クライヌリッシュ14年」です。
このボトルは、単なる「14年熟成のウイスキー」ではありません。ハイランドの「山と海」両方の性質を兼ね備えた、非常に複雑なプロフィールを持っています。
- 唯一無二の「ワクシー」感:口に含んだ瞬間に広がる、蜜蝋や高級なリップクリームのような独特のオイリーな質感。これが後述する蜂蜜のような甘みと溶け合います。
- 蜂蜜とオレンジの芳醇な甘み:14年の熟成がもたらす蜂蜜のような濃厚な甘さと、マンダリンオレンジを思わせるフルーティーな酸味。
- 海沿いの蒸留所らしい「微かな潮気」:北海から吹き付ける海風が、原酒に微かな塩気(ソルティーさ)を与えています。この塩気が甘みをさらに引き立てるアクセントになります。
- スパイシーでドライなフィニッシュ:最後はマスタードや黒胡椒のような心地よいスパイス感が全体を引き締め、満足感のある余韻へと導きます。
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まとめ

伝説のブローラ蒸留所を兄弟に持ち、北ハイランドの沿岸部で静かに時を刻み続けるクライヌリッシュ蒸留所。
「フェインツ・レシーバーのワックス成分を残す」という、一見すると型破りな伝統が、世界中のウイスキー通を虜にする唯一無二の滑らかな口当たりを生み出しています。ジョニーウォーカーの華やかさを根底で支えながら、シングルモルトとしても燦然と輝くこの「山猫」は、ウイスキーの奥深さと職人たちの経験則の素晴らしさを、私たちに雄弁に語ってくれます。
執筆を終え長男と語り合った北ハイランドの歴史に思いを馳せながら、手元にあるクライヌリッシュをストレートでグラスに注みます。蜜蝋のように滑らかな極上の口当たりをじっくりと味わいながら、静かに更けゆく夜を楽しもうと思います。
明日もまた、素晴らしいウイスキーとの出会いがありますように。乾杯。
